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長崎家庭裁判所 昭和60年(少)465号 決定

少年 I・H(昭40.12.13生)

主文

この事件を長崎地方検察庁検察官に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

一  暴力団○○会内○○組の組員であるが、昭和60年2月15日ころ、先に右○○組組長Aから傷害を負わされたB(当年37歳)が右傷害事件を警察に申告したことを聞知するや、同組幹部C及び同組内○○会幹部Dと共に右Bに対して報復のため傷害を負わせることを共謀し、同月20日午後2時40分ころ、長崎市○○町×番×号○○○○コーポ前付近路上において、同人を待ち伏せし、同人を発見するや、死の結果を生ずるかもしれないが、それもやむをえないと考え、とつさに同人の後方から同人に近付き、自己の左手に握つた所携の日本刀を同人の後頭部めがけて振りおろして切りつけたが、同人に全治1か月間を要する頭頂部割創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げず

二  右日時場所において、右Bを殺害する目的でAが長崎県教育委員会に登録した刀1本を携帯し、もつて正当な理由なくこれを携帯し

たものである。

(法令の適用)

一につき、刑法199条、203条、60条

二につき、銃砲刀剣類所持等取締法21条、10条1項、31条の5

(本件を検察官に送致する理由)

本件は、少年の所属する暴力団の組長の犯した傷害事件を被害者が警察に申告したことに対する報復として計画的に敢行され、市街地において日本刀で切り付ける等大胆で、未遂にとどまつたとはいえ至尊の人命に対する重大な脅威を与えた極めて悪質な犯罪である。他方、少年は、高校入学後に自転車の占有離脱物横領、あるいは賍物故買、道路交通法違反といつた非行を犯したほか、昭和58年秋ころより前記○○組に参加し、約1年半にわたり同組で寄宿生活を送つたうえ、本件を敢行したもので、罪障感が稀薄なほか、本件後も右○○組との関係を断ち切るだけの強い決意を有するに至つたものとはみられない。

以上述べた本件の罪質、少年の本件に対する反省の度合、暴力団に対する親和性の程度のほか、その家庭環境も併せ考えれば、少年は保護処分により処遇する限界を超えているものと認められる。

よつて、少年法23条1項、20条により主文のとおり決定する。

(裁判官 田川直之)

〔参照〕検察官送致後の刑事第一審(長崎地 昭60(わ)142号 昭60.10.11判決)

主文

被告人を懲役3年以上5年以下に処する。

未決勾留日数中170日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、少年であるが、

第一暴力団○○会内○○組組員であるところ、昭和60年2月15日ころ、Eから、先に同組組長Aから傷害を負わされたB(当時37年。以下「B」という。)が右被害事実を警察に申告したので組長が逮捕されるかもしれない旨を聞知し、同組若頭C(以下「C」という。)に右聞知内容を報告したうえ、同人との間で、同日ころ及び同月18日ころの2回にわたり、同市○○町×××番地×所在の○○組事務所において、Bに対する仕返しについて話し合い、その結果、被告人が同事務所内に置かれていた組長所有の刄渡り約45、7センチメートルの日本刀(昭和60年押第42号の1)でBを切り付け傷付けることにしBの行方を捜していたが、同月20日午後零時ころ、Cから、Bが同日午後1時ころ○法律事務所を訪問する予定である旨聞き及ぶや、前記日本刀を携帯したうえ、同組内○○会若頭Dの運転する自動車で○法律事務所のある同市○○町×番×号所在○○○○コーポ前付近路上に赴き、同日午後1時30分ころ、Bが同コーポ内に入つたのを目撃するや、右日本刀を着衣の中に隠し持つて同コーポ内に入つて同事務所の様子を窺つていたところ、同日午後2時40分ころ、同人が○○弁護士とともに同事務所から出て来るのを認めたので、先回りして同コーポ1階に降りてBが来るのを待ち構えていたが、その際、同人に対して確実に傷害を与えるために、同人が死ぬ結果となるかもしれないが右日本刀で同人の頭部を切り付けようと決意し、間もなく同人が同コーポ前路上に出て来るや、左手で右日本刀の柄を握つて刄をさやから抜きながら同人の背後に近付き、右日本刀を振り上げて「この野郎」などと言いながら同人の頭部を力を込めて1回切り付けたが、同人に対し、全治1か月間を要する頭頂部割創及び頭蓋骨剥離骨折の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らず、

第二正当な理由がある場合でないのに、同日午後2時40分ころ、同コーポ前付近路上において、Aが長崎県教育委員会の登録を受けた前記日本刀1振を携帯し

たものである。

(証拠の標目)

(編略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人には本件犯行当時殺意がなかつた旨主張する。

しかし、関係証拠によれば、被告人が本件犯行に使用した凶器は、身幅(元幅)が約2.5センチメートルしかないとはいえ、刄渡り約45.7センチメートルの日本刀(脇差)であること、被告人は、もともと左利きであり、小学校3年生のころに右利きにしたものの、その後も咄嗟に左手を利き手として使用することがあつたところ、本件犯行の際はその左手で右日本刀を握つて振り上げたうえ、「この野郎」などと言いながらBの頭部をねらつて切り付けたこと、その結果同人が受けた創傷は、長さ約6センチメートルの頭頂部割創及び長さ約3センチメートル、一番深い箇所で約5ミリメートルの頭蓋骨剥離骨折であること(なお、一般的には、頭蓋骨の厚さは、約5ミリメートルないし約8ミリメートルである。)、以上の事実を認めることができ、右に認定した凶器の形状、用法及びBの受けた創傷の部位、程度並びにBに対し判示のような殺意を有したことを認める被告人の前掲の検察官に対する各供述調書の内容を総合すれば、判示のような被告人の未必の殺意は、優にこれを肯認することができ、被告人の当公判廷における供述中、未必の殺意もなかつた旨の供述部分は、他の証拠に照らして不合理であり、信用できない。

もつとも、関係証拠によれば、被告人は、Cからは、Bは殺すまでの人間ではないので切り付け傷付けるだけでよい旨言われたことがうかがわれるが、そのことからは、被告人が、右指示を受けた際にはいまだ具体的に殺意を抱いていなかつたということはいえても、その後被告人が、本件現場においてBの頭部を背後から切り付けることを実際に決意した際に、その結果同人が死亡するかもしれないがそれでも構わないという気持ちを抱くに至つたということまで否定されるものではなく、むしろ、関係証拠によれば被告人は、暴力団組員として、組長の傷害事件を警察に申告したBに立腹し、自ら志願して生まれて初めて日本刀を使用して人を切り付ける決意をし、同人の所在を一晩かけて捜し回つたうえ、同人に対する襲撃の方法を色々考えた末に、同人の頭部を切り付ける決意をするに至つた事実を認めることができ、右経緯によれば、動機の点からみても、本件犯行に際し、判示のとおり未必の殺意を抱くに至つたとしても不自然とはいえず、前記殺意の認定が左右されるものではない。

よつて、弁護人の右主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法203条、199条に、判示第二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法31条の5、21条、10条第1項にそれぞれ該当するところ、各所定刑中判示第一の罪について有期懲役刑を、判示第二の罪について懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により重い判示第一の罪の刑に同法47条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で少年法52条1項により被告人を懲役3年以上5年以下に処し、刑法21条を適用して未決勾留日数のうち170日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、暴力団○○会内○○組の組員である被告人が、組長から傷害を負わされた事実を警察に申告したBに対し、暴力団としての面子から仕返しをしようと企て、同組若頭のCと相談のうえ、判示のDの応援を得て日本刀を携帯してBを待ち伏せし、未必の殺意をもつて、日本刀で同人の頭部を背後から切り付けて傷害を負わせたという事案であるところ、暴力団特有の動機に基づく組織的かつ計画的な犯行であるうえ、白昼、市街地内で、日本刀をふるつて敢行された極めて大胆かつ悪質にして危険性の大きい犯行であり、幸いに殺人の点は未遂にとどまつたものの、社会に対しては、改めて暴力団の恐しさを強く印象付けると共に大きな不安感をもたらした暴力事犯である。なかんずく、その動機が警察に対する被害事実の申告についての仕返しであつたことは、暴力団の有する反社会性を端的に顕した事犯というべきであつて、到底看過することができないところである。しかも、被告人は、少年であるとはいえ、昭和57年から昭和58年にかけて4回の犯罪歴を有し、保護観察処分に付されていたが、同年10月ころ右○○組組員となり、自ら志願して本件犯行を敢行するに至つたものであつて、遵法精神が甚だ希薄である。以上の事情を考慮するならば、被告人の本件刑事責任が重いのは当然といわなければならない。

しかし、他方、被告人の本件殺意は未必のものであつて、確定的にBの死までを意図したものではなかつたこと、同人が本件犯行により受けた傷害は、2回程度の通院治療で自然治癒したものと推認され、それ程重くはなかつたこと、同人が昭和60年6月3日に被告人の代理の者から慰謝料10万円の支払を受け、同月12日付で一応嘆願書を作成していること、被告人はいまだ少年であつて、前科がないうえ、その生立ちには同情すべき点もあることなど被告人のために有利に斟酌すべき事情も認められるので、以上の諸般の事情を総合勘案して主文の刑を量定した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永松昭次郎 裁判官 小田耕治 森一岳)

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